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秋田地方裁判所 昭和32年(行)2号 判決

原告 野村福次郎

被告 角舘町議会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は、

被告が昭和三二年一月一六日にした原告を被告議会から除名する旨の議決はこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求めた。

第二、請求の原因

原告訴訟代理人は請求の原因として次のように述べた。

一、原告は昭和三一年三月二一日施行された秋田県角館町議会議員選挙に当選し、爾来同議会議員の職にあつたものであるところ、被告は昭和三二年一月一六日同町第一回急施臨時議会において、原告が被告議会の秩序を乱し、その品位を傷つけたとの理由により同議会会議規則九五条、地方自治法一三五条第四(これは同法一三五条一項四号と思われる)に則り原告を被告議会から除名する旨の議決をなし、同日その旨を原告に通知した。

二、しかしながら、右除名議決は以下に述べる理由で違法であるから取消さるべきものである。すなわち、

(1)  被告が原告を除名する理由となした「原告が被告議会の秩序を乱し、その品位を傷つけた」との事実は全くないのであるから、右議決は懲罰事由がないのに懲罰を科した違法のもので、取消を免れないものである。

(2)  のみならず、普通地方公共団体の議会がその議員に対し懲罰を科するには予め議会会議規則中に如何なる行為をした場合に如何なる懲罰を科するかの所謂実体規定を定めていなければならないと解すべきであることは地方自治法一三四条二項の懲罰に関し必要な事項は会議規則中にこれを定めなければならない」旨の規定に照し明かであるところ、被告が前記除名の議決に当り準拠したという被告議会会議規則九五条は除名が成立しない場合の措置に関する規定であるに過ぎないばかりか、同規則中のどこにも右に所謂実体規定が定められている形跡がないのである。

故に被告議会はその議員に対し懲罰を科するための法規を有しないことになるから、仮りに原告に何らかの行動があつたとしても被告は原告に対し如何なる懲罰も科し得ないものというべきである。

第三、請求の趣旨に対する被告の答弁

被告訴訟代理人は、

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

第四、請求の原因に対する被告の答弁並びに主張

被告訴訟代理人は答弁として次のように述べた。

一、原告主張事実中、原告がその主張する選挙に当選し以来被告議会の議員であつたこと及び被告が原告主張の臨時議会において原告主張の理由に基づき原告を被告議会から除名する旨の議決をし、同日原告にその旨の通知をしたことは認めるもその余はすべて争う。

二、被告が原告を除名する旨議決したのは違法でなく取消さるべきものでない。以下その理由を詳述する。

被告が原告に対する懲罰の事由としたのは原告主張の第一回急施臨時議会における原告の後記三の言動のみであるが、原告の右言動が除名処分に値するものであることを明らかにするためには原告懲罰の契機となつた角館町家畜市場設置問題に関する従前の議会における審議経過並びにこれに対する原告の態度、言動を明らかにする必要があるので、先ずこの点を前記除名の議決が適法であるとする主張の事情として述べる。すなわち、

(1)  被告議会は昭和三一年一二月一八日の定例議会において以前の議会で家畜市場の建設予定地と議決せられていた敷地を更に変更する件の議案を被告議会の総務及び産業経済合同委員会に付託し、議会休会中継続審議させること、並びに右合同委員会における議決をもつて本会議の議決があつたものと看做す旨を議決した。右議決に基づき昭和三一年一二月二五日開かれた右合同委員会では角館町当局から要望のあつた岩瀬川原を敷地とすることに賛成五名・反対原告一名で可決した。(なお敷地候補地は岩瀬川原のほか西野川原・小館の三個所が挙げられていた。)従つて右可決は被告議会の前示委員会付託の議決に基づき被告議会の議決があつたものとみなされたものである。

(2)  ところで右岩瀬川原を敷地とすることに反対する原告は右合同委員会において「自己の政治生命をかけても岩瀬川原には設置させない」旨放言したばかりか、前記の如く岩瀬川原を敷地とすることに決定された後においても、

(A) 殆ど毎日町役場に現われては役場吏員に対し「岩瀬川原に家畜市場を設けても自分等の権限で牛馬一頭も寄せつけない。」「市場設置の許可を申請しても不許可になる」等と放言し、

(B) 関係役場吏員を怒鳴りつけ、

(C) 地元の岩瀬川原建設反対意見を持ち込み、

(D) 郡畜産組合参事を強要し同参事をして町役場に対し電話で「郡畜産組合では岩瀬川原建設に反対である」旨の不実の通告をさせ、

(E) 角館町との対立町である田沢湖町の一町会議員に対し「自分が協力するから同町において市場建設の議案を提案した方がよい」旨を勧告したり

等種々厭がらせ的言動及び裏切行為を重ねて町当局の議決事項の執行を妨害してきた。

(3)  右の如く原告の妨害的行動により町当局の行動が牽制されている間、秋田県においては家畜市場の選定のため田沢湖町へ調査に赴く形勢があつたので、町当局は速かに家畜市場建設許可申請を秋田県当局に提出せざるを得なくなつたところ、右申請には形式上申請書に被告議会の議決書を添付する必要があつたためと、もう一つには原告の前記妨害的言動に鑑み前記合同委員会の議決の円滑な執行が危ぶまれたためその危険を予め除去しようという実質的な必要性から、昭和三二年一月一六日の第一六日の第一回急施臨時議会に「角館町家畜市場庁舎建築工事施行方法中一部変更について」と題する議案を提出し議会の考慮を求めるに至つたのである。

三、以上の経緯で開会された第一回急施臨時議会において原告は次の如き発言をした。すなわち、

(1)  「当局は西野川原については充分調査せず調査のため来た吏員二名は調査をしないで映画を見て帰つた。」

(2)  「西野川原地内は岩瀬川原の敷地よりも六百坪多く千五百坪あり二千円の借地料で借り入れることができる。このことは十二月二十五日の総務・産業経済合同委員会でも発言している。」

(3)  「家畜市場は町が建設して畜産団体が経営を行うものである。その協力がなければ経営不能に陥ることを断言する。岩瀬川原案が多数で議決しても野村主催の畜産組合の協力がなければ市場経営ができなくなる。」

(4)  「この議案が決定したら畜産組合で役員会を開いて私は私なりの考で協議したい。又西は協和、船岡、土川、千屋等の家畜も角館町に集めるよりは大曲に持つて行く外ないと思う。皆さんが数によつて野村議員の顔が嫌で岩瀬川原に建設するとせば致し方がないが、町発展上うまくないと考える。」

(5)  「市場の建設について議員数において決議し、市場を建設した場合は非常に最悪な場合に立ち到るものと考える。」

(6)  「自分の意志に反したこの案が決定した場合私主催で業者を集めて検討するつもりである。」

旨の発言をし、なお、

(7)  「対立町である田沢湖町の一町議員に対し角館町は仲々市場建設が決まらないから貴町で市場建設の議案を出した方がよい。自分が協力する旨勧告した事実」

をも自認した。

以上の発言に対し被告議会は、右発言中(1)(2)は虚偽の事実を述べたものであり、(3)乃至(6)は原告の前記第四の二以下の議会外の言動に照らし、原告が暗に畜産組合及び業者を使嗾して市場経営を不能ならしめる旨を表明し議会を恫喝せんとしたものであり、又(7)は原告の裏切行為を自認したものであると認めると共に、右一連の言動は原告が議会の根本原則である多数決の法則を無視し、あくまで町議会の議決に基づく町執行機関の執行を妨害せんとする意図及びその妨害の事実を自認し、且つ町議会議員として自町に奉仕するの念を欠き、自己の利害のためには自町を犠牲にする意思のあることを表明したものであると判断し、以上は原告が町議会の議決を尊重しその執行に協力すべき町議会議員としての職責に背致し、ひいては地方自治法二条三項一号に違反すると同時に被告議会会議規則八二条にも違反するものとして適法な手続に従つて地方自治法一三四条一項、一三五条一項四号に則り原告を被告議会から除名する議決をなすに至つたもので、原告の前記言動は除名処分をもつて臨むに相当であり、右議決は適法有効のものである。ちなみに地方自治法二条三項一号は地方公共団体の事務を例示したものの一つであると同時に地方公共団体の職責をも規定したものと解すべく、地方公共団体の議会は右職責を担う地方公共団体の一機関であるからその構成員たる議員も又当然に右職責を負うものと解すべきである。従つて議員にして右職責を尽さず地方公共団体の福祉に反する言動をなした者は同法一三四条一項に所謂「この法律に反する」者として当然懲罰の対象となるのである。

四、原告は被告の会議規則に懲罰に関する所謂実体規定を欠くから原告に如何なる行動があるも除名できない旨主張するが、普通地方公共団体の議会がその議員に科すべき懲罰の事由は地方自治法及び会議規則に違反した場合であること地方自治法第一三四条一項に明定するところであつて、右のほか特に所謂実体規定を会議規則に定めなければならないとする根拠はどこにもない。しかして地方自治法及び会議規則違反について如何なる種類の懲罰を選択して科すべきかは当該議会の適正な判断に委ねられているものである。元来地方議会の懲罰権は議会が自らその秩序を維持し権威を保ち適正な議事の運営を図るための紀律権に基づくものであるから、もしも議員にして町の利益に背き、議会の議決を尊重せず、その執行の妨害を敢てするようなことがあれば、自主団体たる議会は当然に右紀律権に基づいて非行議員を懲罰し得るのであつて、地方自治法一三四条一項はこの理を宣明したに過ぎない。従つて原告の所謂実体規定なるものを議会会議規則に設ける必要は少しもなく、又地方自治法一三四条二項に所謂懲罰に関する必要事項も又被告議会に関する限り被告議会会議規則九〇条乃至九六条の規定で必要且つ充分である。

故にこの点に関する原告の主張は理由がなく排斥を免れない。

第五、被告の主張に対する原告の反駁

なお、原告訴訟代理人は被告の前記主張に対し次のように述べた。

一、被告主張の第四、二の(1)は認めるも、委員会の議決をもつて本会議の議決があつたものと看做す旨の議決は違法無効のものである。又原告は被告主張の如く被告主張の合同委員会において岩瀬川原に反対し、西野川原地区か小館落合地区を選定すべきことを極力主張したが、これは家畜市場経営の将来性を考慮してのことで、原告の私利私欲のためからではない。

二、被告主張の第四、二の(2)はすべて否認する。特に(A)(E)の主張は真相を歪曲するも甚しいものがある。すなわち、原告は、昭和三一年一二月頃仙北郡畜産農業協同組合参事小松信一が角館町当局に対し電話で「岩瀬川原地の敷地予定坪数は約一反二畝歩で市場敷地として狭少であるから坪数を広くして欲しい」旨話をしていたところに居合せたことはあるが、被告が主張する如く右小松参事を強要して電話をかけさせた事実は全くない。唯その際原告は右小松参事に当初の坪数が一反二畝余歩である点を話したに過ぎないのである。又、原告は被告主張の如く田沢湖町に市場を誘致させるよう策動した事実もない。むしろ原告は田沢湖町が従来法規に基づかない家畜市場を経営して来ているので、同町議員難波伯二に対し「今度角館町で家畜市場を造るところだから牛馬を出して欲しい。出しにくいだろうが出さなければ困る事だ」と角館町家畜市場に協力方を要望した程である。

三、被告主張の第四、二の(3)のうち被告主張の臨時議会に被告主張の案件が提案されたことは認めるもその余はすべて争う。

特に市場建設予定地の選定のため県当局が田沢湖町に調査に赴く形勢にあつたという事実は全然なかつた。

四、被告主張の第四、三に対しては次のように反駁する。すなわち、

同(1)については、原告は被告主張の如く「当局は…………映画を見て帰つた」旨断言したのではなく「当局は………(被告主張どおり)……映画を見て帰つたそうです」と発言したもので、その趣旨は役場吏員が候補地西野川原地区の所有者小松弥之助について調査せずに、何等関係のない小松隆一について調査したに過ぎないという点と、当日は土曜日につき午後映画を見て帰つたという事実を述べんとしたものである。従つて虚偽の事実を発言したものではない。

(2)のとおりの発言をしたことは認めるも、これ又虚偽のものではない。

(3)については、そのうち「家畜市場は町が建設して畜産団体が経営を行うものである。その協力がなければ経営不能に陥ることがある」と発言したに過ぎず、被告主張の「岩瀬川原案が多数で議決しても云々」と発言した事実はない。

(4)は事実と全く相違する主張である。これは原告が協和村の船岡、西仙北の上川、大曲地区の千屋等を角館町に誘致しなければならない旨発言したものを殊更に歪曲して被告主張の如く議事録に記載したものである。

(5)(6)(7)は何れも否認する。

五、以上のように被告主張の事実は無根の事実や或は事実を殊更に歪曲した事実が多く、そして被告議会が原告を除名したのは原告が家畜市場を角館町に誘致することに反対しているとの誤つた判断に基づくものと思われる。しかし、原告は仙北郡畜産農業協同組合の総代たる地位にあるので、昭和三一年八月一六日の湯沢市における県南三郡の家畜取引法等の説明会においても家畜市場を角館町に誘致する様強く主張し、これが容れられるや、その後も種々これが実現の促進に協力して来たものである。従つて前記の如く原告が家畜市場を他町に誘致させるための策動をした等はあり得ることではない。又被告は前の被告議会の議決に基づき前示総務・産業経済合同委員会で岩瀬川原案を可決したことにより被告議会の議決があつたことになるとし、その後開かれた第一回急施臨時議会において右事項に対し強く反対の態度を採つて議会を恫喝せんとしたのは議会の議決を尊重せず議会の秩序を乱し品位を傷つけ、ひいては地方公共の秩序を乱したものと謂うにあるが、右のような委員会の議決をもつて本会議の議決があつたものと看做す旨の議決を本会議においてなし得る旨の規定は地方自治法に規定がないばかりでなく、このような措置は地方公共団体の議会の性質上違法無効のものと云うべきである。従つて前記合同委員会で岩瀬川原案に反対した原告が、その本会議たる第一回急施臨時議会においても自己の信念に基づき反対意見を述べたところで何ら本会議の議決を尊重しないということにはならないのである。

のみならず、原告は被告議会を恫喝しようとする意思も事実も全くなかつたのであるから何等議会の秩序を乱し品位を傷つけたことにもならない。原告は単なる私利私欲から岩瀬川原案に反対したのではなく、同地が家畜市場として全く不適当であると判断したためで、この判断はその後同地に建設された市場庁舎が民家から離れていて管理が不充分となり降雪のため倒壊するに至つた事実からも正当であつたことが証明されている。

仮りに被告が主張する如く委員会の議決をもつて本会議の議決があつたものと看做する旨の措置が適法有効であるとするも、被告の発言は次の如き事情のもとでなされたもので、原告が議会の議決を尊重しなかつたということには該らないものである。すなわち、家畜市場建設に関する案件は被告が自認する如く第一回急施臨時議会に第三、第四議案として正式に提案され、総務・産業経済合同委員会委員長熊谷議員から委員会における審議の経過並びに結果について報告し、議長から右委員長に対する質問が許され、その質疑中に、原告に発言するよう促されたので、原告は右に被告主張に対する反駁として述べた一乃至四の程度の発言を、しかもそれまでの経過を述べる意味で発言したに過ぎない。又仮りに、原告に被告主張の如き発言の事実があつたとしても、右の如き事情のもとでなされたものであるから、これら発言は原告の議員としての当然の権利に基づいてなされたものと云うべきである。従つて原告が議会の議決を尊重せず議会の秩序を乱し、品位を傷つけたとする被告議会の除名理由は全く根拠を欠く違法のものであると云うべきである。

以上いずれの点からも被告がした原告を被告議会から除名する旨の議決は原告に何等懲罰理由がないのになした違法のものであるから取消を免れない。

第六、立証(省略)

理由

第一、当事者間に争のない事実

原告が昭和三一年三月二一日施行の秋田県仙北郡角館町議会議員選挙に当選し、爾来その地位にあつたものであること、被告が昭和三二年一月一六日開会の第一回急施臨時議会(以下単に急施議会という。)において、被告議会の秩序を乱し、その品位を傷つけたとの理由により原告を除名する旨の議決をし、同日その旨を原告に通知したことは当事者間に争がない。

第二、急施議会までの経過

成立に争のない乙四、五号証、七、八号証、証人熊谷恒治、狐崎孝三、伊藤尚正、富木弘市、水平武司、村瀬三郎、佐藤幸一並びに被告議会代表者菅原三什郎の各供述を綜合すると次の事実が認められる。

秋田県においては法令の改正にともない昭和三一年一〇月頃角館町の所属する仙北郡下の家畜市場は一個所に限定せられることになつたところ、家畜商である原告らの努力により、該市場を角館町に誘致することに成功したが、県当局の要請もあり早急に市場建設の必要に迫まられていたにも拘らず、敷地の決定が困難であつた為、同年一一月一二日開会の第六回臨時議会において、暫定措置として取り敢えず同町日除の旧家畜市場跡の残地を右敷地に充て、残存旧施設を利用して同年一一月二七日までに新市場設備を完工する旨議決した。けれども、右の工費にも十余万円の費用を要するので、赤字団体として地方財政再建促進特別措置法の適用を受けている角館町の財政上右の措置は不妥当であり、他に適地を物色して右の失費を回避すべきであるとの意見が高まり、町当局は右議決を執行しないで県当局と折衝した結果、同年一二月四日市場設置認可申請期限を昭和三二年二月末まで延期することの諒解を得て適地を物色していたところ、昭和三一年一二月一八日開会の第七回定例議会において、特に原告らから早急に家畜市場建設の要望があり、町当局も右県当局との折衝の結果を報告した結果、被告議会は右議会において緊急動議により新市場敷地決定の為、総務・産業経済の合同委員会に付託し、該委員会の決議をもつて被告議会の議決とみなす旨満場一致で議決した。

そこで町当局は西野川原地区、小館地区、岩瀬川原地区の三候補地を選定し調査検討した結果、前二者は道路の増改設に多額の費用を要し、且つ土地利用者との調整に困難なるに反し岩瀬川原地区は近く完工予定の都市計画道路を利用することもでき、土地利用者との調整も容易であるのみでなく、他の公営施設を綜合設置するにも適地であるとして同地区を第一候補地と思料していたが、原告は自己の居宅に近い他の二地区を適地としてこれを希望していた。そして昭和三一年一二月二五日開かれた総務・産業経済合同委員会において、町当局は前示三候補地を提示し前示趣旨を説明した結果同委員会において岩瀬川原地区を原告一人の反対の外他の多数の出席委員の賛成で市場敷地とすることを決議した。

ところが、原告は右決議に従うとはせず、自己の政治生命にかけても右決議の実現を阻止するとの強硬意見を表明し、且つ昭和三二年一月一八日会同の前示急施議会に至るまでの間、次のような言動にでた。

すなわち、

(い)  角館町役場において屡々役場係員らに対し「私がいる以上岩瀬川原には牛馬一頭もやらぬ、家畜商組合員である私は協力しない」旨高言し、或はかつて胸を患らつたことのある役場係員に聞えよがしに、「肺病たかり」などと怒鳴り(被告主張の第四の二の(2)の(A)(B)の事実)岩瀬川原案には地元民は反対であるとの地元民の意見書を持込み(同上(C)の事実)或は「旧家畜市場を設置していた仙北郡田沢湖町の一町会議員に対し、角館町では家畜市場はまとまらない、私が協力するから家畜市場は田沢湖町で設置する提案をした方が良い旨勧告した」といや味を述べ(同上(E)の事実)、

(ろ)  又仙北郡畜産組合参事を強要して、角館町当局に対し電話をもつて「右畜産組合では岩瀬川原市場建設には反対である」旨通告された(同上(D)の事実)。

以上のような原告の言動により町当局は岩瀬川原建設の執行に困難を感じたので、家畜市場敷地決定の為昭和三二年一月一六日前示急施議会が開会されたところ、同議会における原告の家畜市場敷地に関する言動により議会が混乱し、その言動に非行ありとして本件除名処分が行われたものであること以上の経過事実が判る。

右認定に反する証人小松信一及び原告本人野村福次郎の各供述部分は採用しないし、他に右認定を左右するに足る資料はない。

第三、急施議会における除名事由の存否

被告は本件除名事由として、急施議会における原告の言動七項目を挙示し、原告はこれを争うので、先ず右言動の存否の点につき審案する。

成立に争のない乙一号証、前示採用の証人熊谷恒治、狐崎孝三、伊藤尚正、富木弘市、水平武司、村瀬三郎及び被告議会代表者菅原三什郎の各供述を綜合すると、原告は急施議会における家畜市場敷地問題につき、岩瀬川原地区に反対し、西野川原地区を強硬に支持主張し、右に関連して自発的に又は他の議員の質問に対し被告主張の第四の三において挙示する(1)ないし(7)のような言動をし、右により被告議会が混乱したことは明かである。

(一)  そこで右の言動が被告議会の議員としての非行であるかどうかを検討する。

(1)の「当局は西野川原について充分調査せず調査のため来た吏員二名は調査をしないで映画を見て帰つた。」との点は前示乙一号証と証人佐藤幸一の証言に照すと、原告は町当局吏員の昭和三一年一二月一六日頃の調査について発言し、「右調査においては小松隆一について調査したのみで他にさしたる調査をしないで映画を見て帰つたと聞いている」旨述べているのであり、右町当局吏員の調査も略々右程度の調査であること明かであるから、原告の右発言をとらえて虚偽の発言をした非行であるということはできない。

(2)の「西野川原地区は岩瀬川原の敷地よりも六百坪多く千五百坪あり、二千円の借地料で借り入れることができる。このことは一二月二五日の総務・産業経済合同委員会でも発言している。」との点は、前示採用の証人水平武司、佐藤幸一の証言によると、西野川原地区については原告の申入れもあつたので、前示総務・産業経済合同委員会の開会前の昭和三一年一二月一六日頃町当局係員が調査に出向いたのであるが、原告の意図せる地域が判然しないので、役場に来合せた原告に尋ねたところ、原告は明確な指示もせず真摯な返答もしなかつたこと及び訴外小松弥之助が賃料等を明示した賃貸承諾書を町当局に提出したのが昭和三二年一月八日であること明かであり、これ等事実と前示採用の乙四号証、証人熊谷恒治、狐崎孝三、村瀬三郎の各証言を綜合すると、原告は右合同委員会で、前示のような具体的な発言をしていないこと明かであつて、前示発言は故意に虚偽な発言をしたものであること明かである。右認定に反する原告本人野村福次郎の供述部分は採用しない。しかして右のような虚偽の発言は議会の品位を汚す非行というべきである。

(3)の「家畜市場は町が建設して畜産団体が経営を行うものである。その協力がなければ経営不能に陥ることを断言する。岩瀬川原案が多数で議決しても野村主催の畜産組合の協力がなければ市場経営ができなくなる。」との点は右乙一号証によると、右発言の趣旨は、「原告が家畜商としての経験上市場が生産地から遠距離になると生産牛馬出荷の際生産牛馬が疲労し、その形態がおとろえて、上場価格が低下することになるから生産者は他の便利有益な市場に上場させる結果となり、従つて不便な地に市場を建設しても生産者は家畜を上場させないであろうし、原告個人としても畜産組合としても生産者の利益を無視して不利な市場に上場するよう勧告することはできない。従つて多数決で不便な岩瀬川原に市場を建設しても市場経営は不能になる」というにあること明かであつて、右のような発言は議員として正当な発言であるというべく、これをもつて議会を恫喝せんとの意図にでた非行というは当らない。

(4)の「この議案が決定したら畜産組合で役員会を開いて私は私なりの考えで協議したい。又西は協和・船岡・土川・千屋等の家畜も角館町に集めるよりは大曲に持つて行く外ないと思う。皆さんが数によつて野村議員の顔が嫌で岩瀬川原に建設するとせば致し方がないが、町発展上うまくないと考える。」との発言は議会を恫喝し又は議会の品位を汚す非行といわなければならない。

(5)の「市場の建設について議員数において決議し、市場を建設した場合は非常に最悪な場合に立到るものと考える」との発言は右乙一号証によると前示(3)の発言と同趣旨のものであることを窺えるから、右発言をもつて非行とするは当らない。

(6)の「自分の意思に反したこの案が決定した場合私主催で業者を集めて検討するつもりである」との発言は、右乙一号証によると、原告の前示(4)の発言に対する他の議員の二心ありとの質問に答えて「畜産組合の役員会の時に多数の業者が大曲に一本にした方がよいではないかと言われた。」との発言に続いて発言したものであつて、右(4)の前段の発言と同旨のものであることが窺われるから(4)と同様非行というべきである。

(7)の「田沢湖町の一町会議員に対し角館町は仲々市場建設が決まらないから貴町で市場建設の議案を出した方がよい。自分が協力する旨勧告した。」との発言は、反町的言動であり議会の議決を事実上無効ならしめんとする言動であつて被告議会の議員として非行というべきである。

(二)  そこで前(2)(4)(6)(7)の非行が除名に値するかどうかを検討する。

前示採用の乙一号証、乙四号証、証人熊谷恒治、狐崎孝三、水平武司、村瀬三郎の各証言及び検証の結果を綜合して、西野川原地区、岩瀬川原地区を検討するに、水害危険の点は土地の高下、河川敷地の広狭等よりして、ほぼ同一条件であり、町の中心部を基準として遠近を見るに、岩瀬川原は他の二候補地より稍遠隔に位するけれども近く完成見込の都市計画道路の幹線に近く位置し、新たな道路開設の要なく、地積も広大で、将来他に車検場等の諸施設を綜合的に設置するに便であり、且つ地味地形等においても他の利用価値少く(たとえば住宅地、農耕地としての利用度が低い。)右市場等への利用は経済的利用といえるに反し、他の二候補地は原告家の近距離にある地域であるが、岩瀬川原より面積も少く、且つ原告家に近接して流れる檜木内川の堤防を増改築して道路とするか(原告家の対岸は水害で提防が著しく損壊している。)、又は他に道路の新設増設を要し、これが実現には敷地の入手、経費面等諸般の点において容易でなく、しかも右両地区は地味比較的良く農耕に適し、住宅地としても利用し得るもので、これを市場等に利用するは経済的用法としては適当といえない状況にあること、仙北郡下における家畜の主要生産地である協和・船岡・土川等の部落からは右西野川原・小館両地区は岩瀬川原よりは距離的には余程近いけれど、県畜産組合や県当局が岩瀬川原地区に反対していた訳ではなく、原告も前認定のような諸般の事情を検討して具体的な主張をしていた訳でないこと以上の事実を認めるに難くない。右認定に反する原告本人の供述は採用しない。もつとも甲二号証によると岩瀬川原市場には上場家畜数が殆んどない状況であるけれども、このような結果が市場として不適地であることに基因しているものとは仙北郡一円と前示三地区の位置状況から到底考えられない。

以上の事実及び前示第二において認定した事実、殊に早急に市場建設を迫まられていた事情や原告の言動を綜合すると原告が政治生命を賭してまでも岩瀬川原市場に反対する合理的理由はどうしても考えられず、むしろ原告の急施議会における前示言動は過分に原告の私的感情をまじえた専恣的意欲に出たものであることを推認するに難くない。

そうだとすると、前示非行のうち(2)の点は左程強く咎むべきものとはいえないけれども、(4)(6)(7)の点は被告議会の議決の結果を事実上執行不能ならしめることを揚言し、又は議員として奉仕すべき角館町にとり、利益に反する行為をしたことを高言したものであり、且つこれ等発言は議会主義否定の趣旨を含むともいえるのであるから、被告議会が混乱したのも無理からぬことであり、議会の品位を汚し、その権威を失墜せしめること大であるといわなければならない。そうすると、右は被告議会々議規則第八二条に違反したものであり、右のような言動に対し被告議会が原告を除名処分に付したことは違法ということはできない。

原告は、被告議会が原告を除名したのは、前の議会において前示総務・産業経済合同委員会に付託し、該委員会の決議をもつて本会議の議決があつたものとみなす旨議決し、これに基いて右合同委員会が岩瀬川原案を可決したことをもつて法上当然被告議会の議決となるものと誤解し、原告が急施議会において右合同委員会の決議に反対したことを捉え、議会の議決を尊重せず議会の秩序を乱し品位を傷つけた等としているのであるが、右のような委員会付託の議決は違法無効であるから急施議会における原告の右合同委員会の決議に反する発言は議員当然の権利で議会の議決を無視したことにはならないから、本件除名は違法である旨主張する。

おもうに前に認定したように、右の合同委員会付託の議決は原告を含む出席議員全員一致でしたものであり、従つてこれを有効であるとの解釈の下になされたものであることも疑いのないところであり、従つて急施議会における出席議員全員が、原告の前示発言をもつて、議会の有効な議決を尊重しないとして誹議したことは相違ないであろうし、原告自身もまた議会の有効な議決を経た事項について反対する意識の下に発言していたことも相違ないところであろう。しかし、右の議決が違法であり、従つて原告の前示発言が議会の議決を尊重しないこと又は議会の議決を経た事項に反対することにならないとしても、原告の前示言動を議会主義否定のもの、議会の品位を汚し、その権威を失墜せしめるものとの認定には少しも影響はない。

第四、懲罰に関する実体規定の有無

原告は、被告議会々議規則には地方自治法一三四条二項の要求する懲罰に関する実体規定がないから本件除名処分は違法であると主張する。しかし、右条項の規定の趣旨は懲罰に関する実体的規定及び手続的規定を会議規則中に規定しなければ懲罰処分ができないという趣旨ではなく、懲罰理由及び懲罰の種類手続については地方自治法において基本原則を規定するが、右に抵触しないその他の必要事項は各普通地方公共団体の議会において実情に応じそれぞれ会議規則中に規定すべきであり、この会議規則に特段の規定がなければ地方自治法の定めるところに従つてのみ処分し得るとの趣旨であつて、主として同法一三五条一項三号の出席停止期間、同項一号二号の戒告、陳謝の方法及び懲罰手続を予定しての規定である。

ところで成立に争のない乙四号証被告議会々議規則を見るに、第十二章規律として、八二条に「議員は議会の品位を重んじなければならない」とし、その他数個条を規定し、又第十三章懲罰として、地方自治法一三五条所定の「除名」外三種の各懲罰に関する手続規定及び「出席停止期間」等を規定しているのであるから地方自治法一三四条、一三五条の規定と相俟つて除名処分するにつき、適用すべき実体的規定は勿論手続規定においても欠くるところはないものといわなければならない。

もつとも成立に争のない甲第一号証によると本件除名処分の通知書には適用法規として「被告議会々議規則九五条及び地方自治法一三五条第四」と挙示しており、右地方自治法一三五条第四とは同条一項四号であることは諸般の事情から明かであり、又右会議規則九五条は「除名について議員の三分の二以上の者が出席しその四分の三以上の議決が得られなかつた場合は議会は他の懲罰を科することができる。」とあつて、「除名」に関する実体規定ではないから、結局除名に関する実体規定を完全に挙示してないことになる。けれども、本件除名処分には「議会の秩序を乱しその品位を傷つけたる理由による」旨を鮮明しているのであつて、地方自治法一二九条前示会議規則八二条を適用したものであること明かであるから、以上のような過誤は本件処分を違法とする理由とはならないというを相当とする。

第五、結語

以上の次第で被告議会の原告に対する本件除名議決はこれを違法ということを得ないものであるから、右除名議決の取消を求める原告の本訴請求は理由がなく失当として棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小嶋弥作 長井澄 門馬良夫)

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